義実家、義祖母は介護サービスを受ける時期では?

今日は正月以来の義実家訪問。
昨晩、旦那のところに義祖母から電話があり、『親戚からのお年玉を預かっている』との事。

旦那と子供だけ行けばいいじゃん!と思ったのですが、他に予定もなく断る理由がなかったので、仕方なく行きました。

義父は仕事で留守なのは知っていたし(交代勤務)、またいつもの『もう動けない』と愚痴られるのがもうイヤなので。
今年はなるべく行かないようにしたいなぁと思っていましたが、結局は行かなくちゃならないところが面倒で・・・。

なんのための同居解消だったのか・・・?

案の定、義祖母の『ばぁちゃんはもう、やっとの思いで動いているんだよ・・・』発言。
いつものことなのでスルーしていますが。(笑)

義祖母には申し訳ないが、私がこの家に戻って家政婦をすることは、もう二度とありません。

正直、義祖母はそろそろなんらかの介護サービスを受ける必要がある時期だと、介護士の私には考えられる状態です。
年齢は80代前半、平日は毎日整形外科通い、最近は散歩もしていないようです。(少し前まではよく歩いていたのですが)
実父が年始の挨拶に行った時、前日にこたつ布団に足を取られて転んだと話していたと聞き、そろそろ限界なのかなと思います。

義祖母だけの状態だと確かに介護度がつくかな・・・?(高くても介護度1だと思いますが)

しかし、義父と義弟が同居していると、介護度も変わってきます。
介護度は、本人の身体状況の他に、家屋・家族の生活状況なども考慮されて決まります。
今の生活状況だと、家事サービスはほぼ対象外。
義弟が若いし独身で同居しているので、家事が出来る人がいると判断されてしまうのです。
義父は65歳定年が近く、自宅にいる時間が多くなると思われるのも要因です。

義実家で家事が出来る女性は義祖母と私だけ。
その私がいないとなれば、義祖母がやるしかないのです。

義父がやればいいんじゃない?と、フツーに思っていましたが、ほとんどやっていない。(やっていると言っていますが、そんなウソ見れば分かります)

『自分がやらないと誰も出来ない』と、義祖母が無理してしまうのも問題です。
母親に無理させて平気でいられる無神経さに、ただ呆れるばかり。

万が一、義祖母が急に亡くなったとき、義父と義弟が路頭に迷うのは目に見えています。

義祖母もそれを分かっているのでしょう。
『自分がいないと、息子と孫が生きていけない』と、気を張っているのが見え見え。

でも、いつか必ずその時が来ます。
その心構えをしていても、もういい頃でしょう。

何も出来ない年頃じゃありません。立派な成人ですよ?
いつまでもおばあちゃんにパンツ洗ってもらって、恥ずかしくないの?(笑)
(そういう私も、旦那と付き合うまで母に洗濯してもらっていましたが)

いくら義母を早くに亡くしたからと甘やかしていては、自分だけでなく息子も孫も苦労することになるのです。
(といっても、義母が亡くなった時義弟はもう成人していたはず・・・?)

残念ですが、義祖母の優しさは、結果的には誰も幸せになれません。

私を家族の一員と数えてくれるのはありがたいことですが、その意図は家政婦に仕立てあげるため。
それでいいと言うお嫁さんだったらよかったのかもしれませんね。

私はイヤですが。(苦笑)

近々、その辺のことについても、話し合う必要が出てくるかもしれません。
ま、私には関係ないですけど。

子供がいるので、私的には子供最優先です!

結婚記念日。環境の変化にも負けない!

本日、私達夫婦の結婚記念日を迎えました。

今日で4年目になります。

旦那実家で同居に向けた生活を始め、入籍をいつにするかと話していた矢先に妊娠発覚。
母子手帳や健康保険の手続きの都合もあって、予定より早い入籍となりました。

元々結婚式はやらないor少し落ち着いてからと思っていたこともありましたが、結局婚姻届を出しただけの超地味婚になってしまいました・・・。

ほとんどの親戚にも報告ナシ。(近所に住んでいる義実家親戚にのみ報告)
翌年の年賀状で結婚&出産報告となり、私実家の親戚はビックリしていました。

せめて写真くらい撮っておきたいと私は言っていたのですが、いつの間にかその約束もウダウダになり・・・。
マタニティ写真撮影の時のドレス姿が結婚写真みたいになってしまいました。

あんなお腹を出した写真なんかで、結婚写真だなんて言いたくない!

それがきっかけだったのか、それから他の約束事も反故にされ・・・。
さすがにブチ切れ!離婚届を突き付けました。
しかし旦那は離婚を選ばず、去年の今頃に同居解消となり、親子3人での生活を始めました。

もう1年経つんですね・・・。時が経つのは早いものです。

子供は当時1歳3か月、初めての急な生活環境の変化になったわけで、その影響がどう出るか心配していましたが、さほど変わらない様子でした。
まだ理解できない時期だったのが功を奏したと思います。

これが今だったら少し変わっていたかもしれませんね。

義実家同居ではいなかったママ友も出来ましたし、旦那も好きな事ができるようになり、私も毎日のストレスが軽くなった気がしました。
私の判断は間違っていなかったと、今になって思えるようになりました。

あのまま同居を続けていたら、間違いなく家政婦&介護要員でした。(今でもその可能性があり、旦那にはクギをさしてあります)
それこそ、離婚一択になったでしょうね。
旦那が私についていくと言ってくれたことに感謝しています。

アパート生活を始めてほぼ1年。
今年度の保育園申請が間に合わず、1年間ママが育児に専念しましたが、この4月から子供は保育園へ。
ママも、仕事探しの真っ最中。
子育て中でも安心して働ける会社との面接の予定も入っています。

更なる環境の変化になります。
今回は誰でもフツーにあり得る状況ですので、子供もママもいい成長のきっかけになるはずです。

いろいろなことがありましたがこれからも平々凡々な生活が出来たらいいと思います。

そりゃ、もっといい生活をしたいと言いたいところですが、贅沢は言いません。
これから子供の教育費やらマイホームやらでお金がかかりますから。

夫婦仲良くやっていければいいかな~。

ママがパートに!疲れ様がハンパない・・・。

保育園の慣らし保育が終了し、ママはパート勤務に行くことになりました。

今年2月に行われた『子育て支援面接会』で説明を受けた会社の中から、一番自宅・保育園に近い会社を選ばせていただきました。
保育園の呼び出しに対応するためで、会社もその旨に理解があることも選んだ理由のひとつになりました。

就職が決まったので、雇用保険の受給資格がなくなります。
就職日の前日ハローワークに行き、手続きを済ませました。

私は給付制限なし・90日間の給付資格がありましたが、ほぼ90日分の給付を受けることが出来ました。
早く就職が決まれば再就職手当が受けられますが、早い段階で内定をいただいていたものの子供の保育園事情もあって、就職日は子供の保育園入園後に。
ハローワークの職員からも話がありましたが、そこは分かっていての事です。

通帳を確認したときに気づいたのですが、頂いた金額をみるとこれからのパート代より雇用保険の給付額のほうが多いんですよね。(苦笑)
それだけ今まで稼いでいたのだから当然の権利なのでしょうけど、なんだかなぁ・・・。

結婚を機に離職して3年3か月、久々の会社勤めです。

工場での勤務経験があることで採用していただいたのですが、最初からいきなり出来るわけではなく。
慣れないことだらけで、仕事以外のことでも緊張しっぱなし。
しかもほぼ立ちっぱなし、安全靴が固くてインソールも合わなかったようで、午後からは足の痛みを感じるように。

勤務が終わる頃にはクタクタ・・・。

保育園の迎えに行ったものの疲れていて、先生やママ友さんの話も上の空。
お昼寝布団と汚れ物を抱えて帰るのがやっとでした。

そんな事になるんじゃないかと思っていたので、夕ご飯は最近始めた作り置きでしのぎました。
子供の洗濯物が終わるまで小休止して、お風呂の間にご飯の準備。

とにかく足がハンパなくダルくて、ご飯も食べたくないほどの疲労感、片付けが終わった後は無言で寝室へ。
心配した旦那が様子を見に来てくれて、足裏やふくらはぎのマッサージをしてくれました。
痛気持ちいい!というのでしょうか?
おかげで翌朝には足の疲れはとれましたが、全身のダルさは翌日も一日中続きました。
土曜日でよかった・・・。

20代の頃だったらこんな事なかったんですが・・・。
歳ですかね。(苦笑)

将来的にはもう少し稼ごうかと思っていましたが、こんな調子だと無理?

まだ初日ですし、今後のことはまだまだ分からないですね。

16時までの勤務なので、子供は30分の延長保育。(今月まではママが求職中扱いなので短時間保育になっています)
最近はお迎え時間になると別の教室に遊びに行っていて、寂しい思いはしていないみたいです。
ママを見つけるとニヤニヤ、帰ることが分かって靴を履こうとします。たまには裸足で飛び出してしまいますが。

先生に『バイバイ』もそこそこ、車を見つけてダッシュ!
子供はだいぶ慣れてきたようです。

あとは、ママが慣れるだけです。
いつになってもこの疲れ様には慣れない気がします。(笑)

栄養ドリンクやサプリなどに頼る生活になりそうです・・・。