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育児していた『つもり』、現実をみる

私がまだ20代で、結婚・出産どころか彼氏もいらないと言ってた頃、2人の兄がたて続けに結婚しました。
実家の家業を継ぐことになっていた長兄夫婦は同居することになりました。
父は喜んでいましたが、母と独身の私は当初同居には反対でした。

私は兄を取られたような嫉妬から、母は私が結婚するまでは…との理由からでしたが。
いつか同居するなら最初からのほうがいいんじゃないか、と私のいない隙に話が進んでしまい…。
結婚式が終わって帰宅したとき、今までなら自宅に帰っていた義姉が
『ただいま』
と玄関を開けた姿を見て泣きそうになって、自室に駆け込んでしまいました。

その後表向きは仲良しを貫き、腹の中は真っ黒(時には本性出ちゃったりしましたが)。
…まあ、何とかやっていました。
やがて甥達が生まれ、両親は孫フィーバー。
かたや

『まだ嫁いかないのか』 『いきおくれ』 『男の一人でも連れてこい』

この差は何なの!?
結婚がそんなにいいことなの!?

もちろんフォローしてくれる方もいましたよ。
『いい人をじっくり選んでいるんだよな?』 とか。
『お前は真面目だから、バツイチになってもいいやなんて考えてないもんな』 などなど。
歪みきった私の心には届いていませんでしたが。

末娘の私は赤ちゃんに触れた経験が皆無、子供の泣き声がとにかく耳障りで、
友人と出かけた時には私の腕をつかんで子供から遠ざけようとしたくらいでしたから。

相当ヤバかったんですね。

こんな私ですが、地域の子供たちとは地元の祭を通して交流があり、指導者としては名が知れていました。
そこに甥達が参加するようになった頃から、少しずつ気持ちに変化が出てきました。

教えるのでなく、育てていく。
君も親でもない人に育ててもらったんだよ。

三十路を迎え、周りの環境の変化に対応できるようになったのでしょう。
おばさんになったんだな、と心の中で苦笑いしつつ、
甥姪の親になったつもりでつきあえるようになりました。
母には 『どっちが親だよ』 と言われたこともありました。

時は流れ、私にも将来を考えられる人との出会いがありました。
人並なお付き合いをして、双方の親にも認めて頂き入籍となりました。
義実家家族から同居の打診があり、かなり悩みましたが同居することになりました。
程なく私の妊娠が分かり、十月十日を経て元気な男の子が生まれました。
初めて生まれたての赤ちゃんを抱いた時の、あの感動は一生忘れられません。

そして、最大の勘違いに気づいたのです…

母親になったその日、
初めて 『母になる』 の本当の意味を知りました。

母乳なんて赤ちゃんが勝手に吸い付いてくれるものだと思っていたんです。
実際は上手く吸わせてあげられなくて、赤ちゃんは泣くわ、私は乳首トラブルになるわ。
おむつ交換も、介護士の私からみたらお年寄りより体小さいしラクだと思ってて、
まさかあんなにジタバタ動くとは予想してなくて…

里帰り出産?しなくて平気だよ。
こっちだって家族みんないるし、やっていけるよ!
こんなに体が動けなくなるとは想像もしてなくて、
退院後わずか3日で家事に復帰せざるを得なくなったとき、かつて義姉に「怠けてる」と冷たい言葉を言ってしまった事を後悔しました。
出産直後ではなかったけど、家事の一つもしたことのなかった私がいうセリフではなかったでしょう。
結局誰の手も借りられず、動かない体にムチ打って家事育児をするハメになった私はまさに
『手負いの獣』
別室で愛犬抱えてグースカ寝ている夫の顔を見て、

枕押し付けてやろうかゴルァー!!

何度思ったことか…

出産したら実家に来るだろうと思って待ってたら来ないって言うから、
なかなか会えなくて寂しかったよ。

ホントにゴメンナサイ。
お言葉に甘えさせてもらえばよかったのに、完全に選択ミス…
週一ペース、時々泊まりで実家に行っても優しく迎えてくれる義姉に脱帽です。

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